11/6 イベント『「蟲師」。うごく絵ができるそれまでの話をちょっと。(いや、たくさん?)』感想&レポ

会場は新宿ロフトプラスワン。酒を片手にマッタリとした飲み会みたいな雰囲気の中、ステージ上スクリーンでは「蟲師」DVDを上映しながら行われました(上映されたのは16話「暁の蛇」、第7話「雨がくる虹がたつ」の2本。監督曰く、TVシリーズでは注目が集まりづらい(重心に置かれづらい)エピソードを敢えてチョイスしたとのこと)。
とにかく、長濱監督はじめ出演者の皆さんがいかにこの作品を愛しているかがひしと伝わってくる内容でした。ちなみに、メイン出演者は長濱博史監督、片岡義朗プロデューサー、そしてギンコ役の中野裕斗氏の3人。これ以外にも何人かゲストが登場したり、会場にスタッフ・関係者の方が多くいらしていました。
開演後、まずは蟲師の企画段階のお話から。そもそも長濱監督は片岡Pと「レジェンズ」で知り合い、アニメ化の話を持ちかけたとのこと。そこからPづてに講談社へ連絡をし許可を得たそうです(アニメ化企画を出したのはMMVがその時点で初)。その後長濱監督が作成した企画書が、片岡Pをして30年来の傑作と言わせる程の素晴らしい出来だったらしく、特に馬越嘉彦氏の絵が決定打になったとのこと。
企画書で長濱監督が残したという蟲師がアニメ化出来るなら僕は死んでもいい」という一言が印象的でした。DVDでも、常識では考えられないくらいの細かいリテイク(家具・小物の微妙な配置や、走るキャラの重心の変更など)を何度も行っているらしく、本当にこの作品にかける監督の情熱が並々ならぬものだったことが伺えます。


そんなトークを続けているうち、最初のゲスト・カメラマンの菅原一剛氏が登場。長濱監督が菅原氏を知ったきっかけは、ライフカードの「あたしンち」CMだったそうです。アニメOPにも使われている『湿板写真』に関する非常に興味深いトークを聞くことが出来ました。
明治時代の坂本竜馬の写真などにも使われているこの技法は、日本に最初に伝来した写真の古典技法。近年、写真技術は飛躍的に向上し、より鮮明に物体を撮ることが可能になったが、「眩しさ」や「温かさ」などの目に見えない感覚を表現することは出来なくなってしまった。「視覚的には見えてなくても、感じているものは沢山ある」「光は粒子ではなく波動」という菅原氏の言葉には、写真家ならではの重みがありました。まさに湿板写真は、「目に見えぬ存在」を主題とした蟲師という作品のOPに相応しいものだったのかもしれませんね。蟲師空間における菅原一剛氏のコメント菅原一剛氏公式サイトを読むと、さらに詳しいことが分かると思います。興味が出た方はどうぞ。


続いてのゲストは、蟲師の演出・絵コンテを数多く担当したそ〜とめこういちろう氏。長濱監督はそ〜とめ氏の仕事を高く評価している様子でしたが、ご本人が奥手?なこともあってか氏からはあまり演出等に関する話は聞けずw
代わりに、その時上映されていた「雨がくる虹がたつ」に突っ込みを入れまくる長濱監督が面白かったですw 雨のシーンでは一般的に2〜3層で描かれるところをこの作品では7〜8層で描かれているとか、雨の降り方にも平原と森の中とでは微妙な変化をつけたりとか、地中から虹が湧き上がるシーンは30層に色を重ねているとか・・・本当に、どれだけ細かいところまで作り込んでいるんだと良い意味で呆れかえりましたw またこの話では作画監督西位輝実さんの頑張りが大きかったそうです。

また放送時間帯に関する話題も出ましたが、「深夜は周囲の雑音が消されているから細かい音までクリアに伝わる」(片岡P談)というコメントには全く同意ですね。逆にあの時間帯だったからこそ、蟲師という作品の魅力がダイレクトで視聴者に伝わったのではないか、と思ってます(自分も、地上波版はほぼ全話リアルタイムで視聴してましたw)。ただ、定時で放送されることが圧倒的に少なく、20話までしか枠を確保出来なかった点には大いに愚痴を言いたい気分ですけどね、フジテレビさん・・・。

脚本に関する話題では、長濱監督は脚本家の方に対して「脚本家が脚本を書かないように」「漫画のコマの絵を文字に置き換えて下さい」といった注文をつけたそうです。また、この作品には美術設定が無く、全て原作準拠だったそうです。そのため、原作者の漆原友紀氏とは相当長い時間確認作業を繰り返したそうです。この辺りにも監督の原作への傾倒ぶりが伺えますね。
さらに、ロケハンにはほとんど行かなかったそうです。ただ、毎回違う場所だということを強く意識するようにしたとのこと(例えば同じ「海」が舞台でも、ある話では緑が豊かで、一方の話では岩がゴツゴツしていたり)。ちなみに、淡幽の家のモデルは山口県秋吉台だそうです。この辺で第一部終了。


第二部は新しくゲストを迎えて、来場者からの質問に答えていく形式で進行しました。ゲストは、アートランド社長・石黒昇氏(「鉄腕アトム」や「さらば宇宙戦艦ヤマト」、「超時空要塞マクロス」のスタッフとしても有名)、同じくアートランド所属アニメーター・田中将賀氏(蟲師で数回作画監督を担当)とアートランド所属・吉田彩さん、そして淡幽役・小林愛さん。
まず長濱監督が、現在製作中のギンコフィギュアのプロトタイプを数点披露。夏と冬の2バージョンがあるらしく、私自身もイベント終了後に出口で直接監督から触らせてもらいましたが、顔や髪の毛の作り込みが凄かったです。監督自身フィギュア好きらしく、相当のこだわりがあるようでした。
質問コーナーでは、中野裕斗氏がギンコの声で質問を読み上げてくれる(DJギンコ?w)というサービスがありました!小林さんも淡幽ボイスで挑戦してましたが、結構恥ずかしかったみたいですw
「絵コンテを上手く仕上げるコツを教えて下さい」という質問で、石黒氏が「重要なのは自分の欲求をぶつけることで、最初から妥協していたらそこで終わってしまう」という主旨の発言をしていました。アニメに限らず、クリエイター的な職業で重要なのは型に嵌らないことなんでしょうかね。長濱監督が大地丙太郎監督から言われたという「やりたいことがあれば全部やれ」という言葉も印象に残りました。また石黒氏に関する話題で、実は当初、石黒氏が演出を一本担当する予定だったのが、渡辺プロデューサーが連絡を忘れてしまったためお流れになってしまったそうです・・・w

そして実写版蟲師に関する話題。長濱監督は既に観られたそうですが、方法論の違いがあるだけで、同じ原作から違った作品が作られるのは面白いと仰っていました。「最初からメディアミックスを計算して作られていないのは良いこと」(by 片岡P)というのは、まさにその通りだと思います。中野氏は、チョイ役でもいいから自分も出たかったと何度も言ってましたw
さらに劇場版に関連して、アニメ版蟲師についての新たなる企画が水面下で検討中とのこと・・・。待て、しかして希望せよ!って感じですかw 私自身も大いに楽しみにしています。


そんなこんなで3時間以上にも渡るイベントは終演へ。最後に、会場にゲストに来ていたスタッフの皆さん(渡辺プロデューサー、録音調整:名倉靖氏、録音助手:亀本美佳さん、アフタヌーン編集:宮崎氏、MMV社員:吉井さん)と、ステージ上の出演者の方々から一言挨拶があって無事終了。

とにかく蟲師づくしの一夜でした。作品に関する裏情報も沢山聞けましたが、一番の収穫は、制作・製作者、出演キャスト、そして自分を含めたファンの方々が同じ時間と空間を共有できたということでしょう。石黒氏の言葉にもありましたが、このアニメ濫造時代において、一つの深夜アニメがこれだけの評価を受け、多くのファンに愛されているというのは本当に素晴らしいことだと思います。